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ブルマァク45周年記念企画・第8回 1997年から始まったブルマァク復刻版を彩色サンプルで支えたM1号代表・西村祐次氏インタビュー

「ブルマァク45周年記念インタビュー」第8弾は、1997年からスタートし、現在まで続くブルマァク復刻版で数多くの彩色サンプルを担当した西村祐次氏(M1号代表)を紹介!60年代マルサン&70年代ブルマァクを通して、相当なカラーバリエーションが発売されたにも拘らず、現代に新たなバリエーションを誕生させ、復刻版をここまで牽引した立役者だ。国内外で評価の高い、怪獣ソフビのスプレーワークの第一人者は、どのようにブルマァクと関わり、復刻版の彩色を決めていったのか? ブルマァクへの思い出から現在の関わりまでをお聞きしてきました。

ブルマァク45周年記念企画・第8回 1997年から始まったブルマァク復刻版を彩色サンプルで支えたM1号代表・西村祐次氏インタビュー
西村祐次(にしむら・ゆうじ)
■1955年生まれ。福島県出身。マルサンやブルマァクを始めとする怪獣玩具や特撮資料、プロップなどの世界的コレクターとして知られる。自らもメーカーとしてM1号を主催し、マルサン・ブルマァクスタイルの怪獣ソフビの新規製作や復刻など積極的に行う。マルサン・ブルマァクスタイルの造型とスプレーワークへのこだわりなど、そのソフビは国内外で高い評価を得ている。オフィシャルサイト/http://www.m1go.com/

1.70年代ブルマァクの思い出について

―まず最初に西村さん個人の70年代ブルマァクの思い出などありましたら聞かせてください。
私はブルマァクというより子供時代の原体験は、60年代マルサンのガラモンやパゴス、ペギラのソフビなんです。だからマルサンが無くなってブルマァクになったぐらいの時期、ちょうど『帰ってきたウルトラマン』(1971年放映)の前ぐらいは、もう中高校生なので興味が違う所にいっているんですよ。マルサンという会社が倒産(1968年)したことや、鐏(三郎/ブルマァク代表)さんが、その後にブルマァク(1969年起業)を立ち上げた事は一般人には解りませんよね。でも18歳~19歳ぐらいの時、ビンプロモーション(俳優・古谷敏氏が主催した怪獣アトラクションショーの会社)に在籍して、いろんなデパートやショッピングセンターなどのおもちゃ売り場を回っていたんので、マルサンのガラモンが「違うメーカーから発売されてる」というのは知っていました。またブルマァク世代の甥っ子がいたので、自分好みのガラモンやジャイアントゴジラなど買ってあげてましたし、私自身も子供時代の「好き」な記憶が100%消えてしまっているわけではないので、マルサン時期に発売されていない怪獣は「かっこいいじゃん!」とザザーンやツインテールなど買った記憶があります。ブルマァクのソフビは、マルサン時期と比べると「随分カラフルで違うカラーリング」という印象でした。というのはマルサンのソフビは、よく遊んだので成型色とスプレーの組み合わせの微妙なニュアンスが刷り込まれているんです。ブルマァクではマルサン時期と違う成型色を多用して「ここにこのスプレーなんだ」っていう。ただ根本的にマルサンと同じなのは、着ぐるみを意識してないスプレーという部分で、漠然と「怪獣ソフビを作る方向性は同じ」と感じていました。ただね子供の時から思っていた事ですが「なぜ、もっと着ぐるみに近い色にしないの?もっとリアルの造型しないの?」って。

―それは当時の子供たち全ての思いですよね。今となっては、それが良さですけど。
当時、リアルだったら今こんな人気になってないですよね。こういうスタイルを貫いた、鐏さんの方向性に間違いは無かったという事ですね。大人やマニアに向いていたのではなく、問屋さんを通して子供の目線を意識している。それは大切な事だったと思います。ブルマァクやマルサンは、おもちゃ屋さんですから、危なくない、壊れない、カラフルで子供が喜ぶという「おもちゃ屋さんが子供の目線にならなくてどうする!」ということですよね。でも、なかなかこの部分は貫けないと思うんです。それを貫いたのは凄い。それがブルマァクへの感想のひとつですね。またマルサン時期と比べてブルマァクは、商品バリエーションが増えましたよ。ソフビひとつの中にも色んなアイデアを突っ込んでスタンダードサイズ(全高約23㎝)を基本に、ジャイアントサイズ(全高約30㎝)やミドルサイズ(全高約13㎝)、ミニサイズ(全高約10㎝)なども凄いと思います。実は「ミニやミドルを集めてみようかな?」と思った事がないわけではなかったんですが、1番のネックが正式なカタログがないことだったんです。それにマルサン時期と比べて、ブルマァク時期は『ミラーマン』や『トリプルファイター』などのキャラクターも増えましたから一体、何が出ているのか? 全体像が何も解らない。それが大学生になり、たまたま子供時代に遊んだソフビを見つけてから集め始めることになります。マルサン時期から集めていく中、その流れを汲んだブルマァクは「一体、誰が作っていたのか?」が徐々に解ってくるんです。

2.ブルマァクのカラーリングについて

―ブルマァクが視界に入ってきたわけですね。
ソフビが作られ、それがブルマァクにも引き継がれて第二次怪獣ブームで再販が始まった歴史が見えてくる。解らない事があれば『玩具商報』(おもちゃ業界誌)など、同じコレクション仲間のくらじたかし(トイライター)さんやなべやかんさんと一緒に調べたりしていました。それで系統が同じブルマァクのソフビも集めるようになる。集め始めるとマルサン時期も、まだ解ってないことが沢山ありますが、ブルマァクの方が奥が深い。ただブルマァクの場合、マルサンと比べると業者向けの商品カタログが数多く出ていたので、アンティーク市場で高価ですが、そのカタログを手に入れて、直接×印をつけてチェックリスト代わりにしていました(笑)。それでも集められないのが沢山ありましたね。またカタログに載っているソフビと実際に発売されたモノのギャップがかなりありました。当初はキャラクターにしぼって、カラーバリエーションは気にしてませんでしたが、それも集めるようになると、同じ怪獣で2色~3色あるけど、カタログに載ってないので意外と大変だった思い出があります。成型色に関して、怪獣を赤い成型色で抜くのは、マルサン時期にやってないんですね。赤系を使ったガラモンやピグモンなど、当時の材料の関係なのかどうか解らないですがストレートな赤ではなく頃合いのいい朱色でしたから。ところがブルマァクは、真っ黄とか真っ赤とかストレートな色が使われ始めるんですね。

―よりおもちゃっぽくなりましたよね。
ブルマァク時期の70年代は、サイケデリックな時代でしたよね。60年代よりも70年代の方が色んなモノや町に色が溢れてカラフルになった時代です。地味な色だと紛れてしまうから、そうした影響を多少受けて、よりカラフルという感覚があったような気がするんです。大学の頃は私もまだ勉強心があったので……コレクションのためにブルマァクで「持ってない成型色は何色、スプレーが何色。これは持っている」というリストを作って、どこかで見かけた時に判断出来るようノートに書いて学問的なまとめをしたんですよ。もう研究ですね。それを続けてきた事でソフビの人形として造型や彩色などの基礎的な知識を勉強することが出来ました。それを経て80年代になると、今度はくらじさんたちと怪獣玩具の本を作るようになります。それからM1号を始めて、マルサン時期に発売されてなかった怪獣を作ろうということでソフビを作り始めました。

3.鐏氏との出会いと彩色サンプルのコンセプトについて

―鐏さんとはいつ頃、出会うんですか?
1986年に『怪獣玩具』(B-CLUB刊)が発売されたのですが、この時、鐏さんにインタビューしてて、そこで初めてお会いしました。この本で成型屋さんを紹介する企画があって、鐏さんに工場へ連れて行ってもらい、成型風景を写真に撮らせてもらったり、特別な色で成型してもらったり色々協力してもらって親交が始まるんです。

―最初に鐏氏さんと会った印象を覚えていますか?
インタビューの時、マルサン時代に発売されたレッドキングのプラモデルの箱絵用原画を見せてもらったんです。「凄い!」と思いました。ところがその後、引っ越した時になくしたと聞かされて「仕事でやった本人は、そんなにモノを大切にしないんだ……」と痛感した記憶があります(笑)。

―なるほど(笑)。そしてどのような経緯でブルマァク復刻版の彩色を手がけるようになるんですか?
ブルマァクの復刻は、確か90年代の初め頃に1回、バンダイさんからありましたよね。それが売れなくて色んな所で、低価格で投げ売りされているのを見たけど、その時はスプレーのニュアンスがなんか違っていたことや、マルサン時期のモノを集めるという私の目的とも違ったので「もう人気ないのかな?バンダイがブルマァクの金型を買ったのかな……」ぐらいにしか思ってなかったんですね。その頃だったかな?1度バンダイさんへ呼ばれて「今度、ブルマァクの復刻をしたいんだけど、意見を聞かせてほしい」と言われたんです。結局、その時はすぐに発売されずに、何年かたった1997年にバンダイ出版ガレージキットが発行していた雑誌『B-CLUB』のブランドで復刻が始まるんです。ちょうど私は『B-CLUB』を少しお手伝いしていた絡みがあって、復刻された第1弾のウインダムとバルタン星人のサンプルをもらいました。ただサンプルを見て鐏さんに、当時の雰囲気がまるでなかったので「申し訳ないけど色を完全に外している」と意見させてもらいました。そしたら「次の彩色サンプルを塗ってもらえませんか?」って鐏さんに言われたんです。それがきっかけでしたね。私も「え!?」と思いましたが、言った手前「いいですよ。塗ってみましょうか?」という所から彩色でお手伝いさせてもらう事になったんです。

―結構、簡単に始まったんですね(笑)。
当時はパワーがあったので、彩色サンプルも1体につき3色~4色作っていました。それを鐏さんが見て、前後でどんな色のソフビを発売したか? というバランスを考慮して選ぶんです。実はサンプルを塗った色の3倍ぐらいは、デッドになっています。それは今、どこにあるのか?その行方を知りたいと思っています(笑)。

―今度、鐏さんにお会いした時、聞いてみます(笑)。そんな復刻版の彩色コンセプトはなんだったんですか?
「当時はこの色で出ていたけど、こちらの色の方が着ぐるみに近いイメージの色」という一応の基本はありました。着ぐるみに合わせた色ではなく近いイメージですね。また1番外してはいけないのが、ブルマァク時代に使った成型色を必ず使うこと。新しい色は作らないこと。当時の成型色とスプレーの組み合わせを守るということでした。それだったら当時の雰囲気から外れませんからね。

―当時っぽさを1番、意識していた所だったんですか?
そうです。復刻は「当時、色違いが出ていたら?」という感覚で「当時のブルマァクが使ったこの怪獣の成型色を、今度はこちらに当てはめてみよう」とパズルのように考えていました。スプレーも、この成型色なら、このスプレーというブルマァクのパターンがあるんです。ただ、全てそれだと色の組み合わせ範囲が狭くなるので、この成型色+このスプレー+1色とか、違和感のない範囲でアレンジすることもありました。実は私たちが1番「ぐっ」とくるスプレーはメタリック系なんですよ。ところが『帰ってきたウルトラマン』怪獣でブルマァクは、例えばザザーンやサドラなどがそうですが、意外とメタリックを使ってない時期があるんです。肌色成型に生のグリーンや水色と赤っていう組み合わせが多い。そうするとスプレーが少し寂しいんですね。彩色サンプルを作る時、それが1番苦しい所でした。メタリックは1番、商品を造る上で楽なんです。でも復刻を塗る上で出来るだけメタリックを使わない色の組み合わせを勉強することが出来ました。ブルマァクのソフビを集めていたことで、そこは重要視して塗り分けていましたね。

―苦しみもあったんですね!そういう気持ちで彩色サンプルが完成した時は、相当な達成感があったんじゃないですか?
自分が塗ったソフビに関しては満足感と、あとはそれを見た時の鐏さんのリアクションですね。単純に喜んでくれて、それが楽しみだったり、それに乗せられて今まで長いお付き合いをさせていただいてきた感じです(笑)。

4.ブルマァクとの関わりの現在

―最初は彩色サンプルだけでしたが、その後、ブルマァクの方向性など様々にアイデアを出されていますよね?
それは「M1号ならこうする」というアイデアを投げただけで、鐏さんも「いいアイデア!」と判断したら拾ってくれたということです。

―ソフビの選びで提案されたりしましたか?
その時、必要とされるソフビがありますよね。例えばDVDが出るから、こういうイベントがあるから、この怪獣を出しましょうとかぐらいですね。ただ最近に関しては……。

―近年、実は全て彩色サンプルを作られているわけではないですよね?
そうですね。M1号としての仕事も忙しくなってきた事や、鐏さんの発売ペースも早くなってきた事もあって、今は主に鐏さんサイドの色決めが多くなってますね。

―最近は、何の彩色をされましたか?
「元祖怪獣酒場」のジャミラです。ひと工夫した色だったので「ほかに塗らせるのは……」ということから商品も塗っています。ほかに、70年代のブルマァクは、1mサイズの店頭用ゴモラを作っていますが、そのカラーリングをそのまま再現するGゴモラでの塗装ですね。意外と難しくて、工場さんが塗れないというので、私が全て担当することになりました。難しいというのは、店頭用は1m以上の大きなソフビなので、彩色屋さんがスプレーしますが、大きいから全体をくるみきれてない。そこの再現なんですよ。今はそうした特別なモノのヘルプが多いですね。

―改めてブルマァクを振り返ってみて何か感想はありますか?
ブルマァクとしてやるべき企画というのは、意外とやってこれたと思っているんです。復刻版はもちろん、ブルマァク新社屋施行時の記念品の復刻、「ブルマァクBOX」の発売など。「ブルマァクBOX」の企画は「やって良かった!」と思います。これでブルマァクの記録を残せましたから。あとやらなければいけないのが復刻版の歴史を1度きちんとまとめないといけない。次の世代のブルマァク復刻版のコレクターを育てるために役に立つので、復刻版完全カタログを作らないといけないと思っています。

―1997年スタートですから、もう20年近いので相当なボリュームですよ。その時はぜひ協力させてください!それでは最後に昨年45周年を迎えたブルマァクへ一言お願いします。
マルサンとブルマァクを通して鐏さんという企画者がいなかったら、私もM1号の仕事をしていないし、こうした怪獣ソフビの形がなかったら、今あるオリジナルなどもなかったと思います。そこは本当に感謝しています。ここまで怪獣ブームが続いたのは、鐏さんがソフビを作ったことも一因になっているかもしれない。それだけ子供に怪獣を浸透させた立役者みたいな部分がありますよね。それに海外に怪獣ソフビを知らしめたのも鐏さんですから。この怪獣ソフビのおかげで、どのぐらいの人たちが、楽しんでいるのか?鐏さんが思う以上に、怪獣ソフビの世界は広がっているんですね。それにいろんな人たちが作る怪獣ソフビのカラーリングは、マルサン時期ではなく、ポップなブルマァク時期の色の影響だと思います。本当にいいお手本というか、それを超えられるモノはないですね。そのお役に立てて、大変うれしく思います。
(10月21日/M1号にて収録)

ブルマァク45周年記念企画・第8回1997年から始まったブルマァク復刻版を彩色サンプルで支えたM1号代表・西村祐次氏インタビュー
↑インタビュー中で語られる店頭用ゴモラを再現するため西村氏が調合した塗料

ブルマァク45周年記念企画・第8回 1997年から始まったブルマァク復刻版を彩色サンプルで支えたM1号代表・西村祐次氏インタビュー
↑M1号の塗装ブース。Gゴモラに店頭用ゴモラの彩色を再現中!

■ブルマァク45周年記念インタビューバックナンバーはこちら
第1回「怪獣ソフビとブルマァクの始まり」
第2回「怪獣ソフビ生産を担当した島田トーイ」
第3回「最初の怪獣ソフビ6体の原型師・河本武氏」
第4回「ブルマァク時代のヒーロー&隊員の原型師・増田章氏」
第5回「ブルマァク時代の店頭用ソフビの原型師・宮田芳生氏」
第6回「70年代当時から現在までブルマァクの生産を担当するサトー」
第7回「ブルマァク時期の原型師・市川二巳氏」
第9回(最終回)「これまでのインタビューを振り返る!ブルマァク代表・鐏三郎氏」

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